Main Contents
今、豚は太っていない。
アニメーション映画監督 宮崎 駿
今の世の中だと思えばいいんですよ、この映画が言っているのは。今、日本の労働問題で一番問題になっているのは、人材派遣会社とか臨時職員とか、労働者の多くがきわめて不安定な状態にさらされていて、一回社員になり損なうと、もうずっとワーキングプアの状態で、それは自己責任だってことになっているけど、そういう世の中っていうのは、「動物農場」の後半のあの豚さんたちがお金数えている状況とまったく同じ。あの「動物農場」のようなどぎつい形をとっていないだけ。でも実のこというと、人材派遣会社とか保育や介護の問題でもそうですけど、ちゃんと企業として儲けている人がいる。働いている現場は、ひどい低賃金と重労働でやっているから、やり手がいないとか、離職率が高いとか問題にされているけれど、企業はそのへんを改善する気は全然ない。
現代は、あの農場よりはソフィスティケイトされているような気もするけど、基本構造は、全然変わっていない。豚じゃなくて別のものに入れ替わっているだけ。セレブって豚のことでしょ。今、豚は太ってないんだよね、ジムかなんかにせっせと通ってスマートだったりするから。じゃあどうしたらよいか。立ち上がってワーとやればいいのか?ってことはこの映画がよく表している。だから「動物農場」を見て、なるほどこれでいけばいいんだっていうようなことはどこにも出ていないけど、今の状況っていうのはものすごく似ている。
でも僕は思うんだけど、やっぱりできるだけ公正な労働条件を作るしかないんじゃないかと。そうすることで、ものすごい矛盾をかかえるんだけど。でも、実際給料を安く抑えてやってきたことで、日本の産業構造の体質としては実は弱くなったんじゃないかと思う。生産性は少しも上がっていない。むしろそれをかかえて、何とかして、生産性を上げようと努力したほうが本当の道ではないかっていう意見も出てきているけれど。
そういうパンク状態の中で、インディペンデント系の個人加盟の労働組合みたいのがあちこちにできている。ただ、それが幸せな結果をもたらすなんて甘いことは考えないほうがいい。人間のやることにはかならず愚かなことが付きまとうから。権力はすぐに腐敗するし、歴史はいつも残酷な結果を押しつけるから。要するに、この世界は不条理だということ。悪いことをしても天罰が下るわけではなく、良いことをしてもお褒めにあずかるわけではない。じゃあ何が違ってくるかというと、顔が違ってくる。豚の顔になるのか、少しはましな顔になるのか。
僕自身、60年代には労働組合の活動にだいぶ時間を費やしたけど、それがまったく無駄だったかというと、そうでもない。演出、撮影、アニメーター、いろんな部署の人間が横断的に集まってきて話ができる唯一の場所だったから、そこで人間関係をつくったことが、そのあと仕事をしていくうえでものすごく役に立った。別に自分たちのやったことが良いとか悪いとか言うつもりはないけれど、人間はいつも愚をおかす危険があるってことをわかりながら、それでも何もやらないよりは、やったほうがいい。
つまり、いくつかのルートがあったほうがいい。自分の個人の時間がある、仕事場の時間がある、そしてもうひとつ、労働組合や自分の地域のための運動があるっていう風に。全部自分の内側で始末がつくっていうのは錯覚で、いよいよ本当に声出さないとやばいぞってとこまできている。じゃあ「どういう未来を築くか」という時に、自分の取り分のことだけではなく、地球全体のことや環境のことを考えないわけにはいかなくなってきている。でもそういう目線があると、風景がまたすこし違ってくるはずなんです。
宮崎 駿
アニメーション映画監督。1941年1月5日、東京生まれ。
1963年、学習院大学政治経済学部卒業後、東映動画(現・東映アニメーション)入社。「太陽の王子ホルスの大冒険」('68)の場面設計・原画等を手掛け、その後Aプロダクションに移籍、「パンダコパンダ」('72)の原案・脚本・画面設定・原画を担当。'73年に高畑勲らとズイヨー映像へ。日本アニメーション、テレコムを経て、'85年にスタジオジブリの 設立に参加。その間「アルプスの少女ハイジ」('74)の場面設定・画面構成、「未来少年コナン」('78)の演出などを手掛け、「ルパン三世 カリオストロの城」('79)では劇場作品を初監督。雑誌「アニメージュ」に連載した自作漫画をもとに、'84年には「風の谷のナウシカ」を発表、自ら原作・脚本・監督を担当した。
その後はスタジオジブリで監督として「天空の城ラピュタ」('86)「となりのトトロ」('88)「魔女の宅急便」('89)「紅の豚」('92)「もののけ姫」('97)「千と千尋の神隠し」('01)「ハウルの動く城」('04)といった劇場用アニメーションを発表している。
中でも「千と千尋の神隠し」では第52回ベルリン国際映画祭 金熊賞、第75回アカデミー賞 長編アニメーション映画部門賞などを受賞しており、「ハウルの動く城」では、第61回ベネチア国際映画祭でオゼッラ賞を、続く第62回同映画祭では、優れた作品を生み出し続けている監督として栄誉金獅子賞を受賞している。
現在は、4年ぶりの最新作「崖の上のポニョ」を全国東宝系で公開中。
著作に「トトロの住む家」「シュナの旅」「何が映画か」(黒澤明氏との対談集)「もののけ姫」「出発点」(以上、徳間書店刊)、「折り返し点」(岩波書店)など多数がある。