Main Contents
長く愛されるチェブの魅力とは?
鈴木知枝
(ゴマブックス株式会社『BONte』編集部 編集長)
ナゾの茶色い生き物「ばったりたおれ屋さん」
第一印象は「なんだこりゃ?」。それはなにかの雑誌の小さな記事。ロシア製のちょっと風変わりな人形アニメ映画が日本で初めて公開される、というものでした。そして、その記事に添えられた小さな一枚の写真。それが、私が「チェブラーシカ」を知るきっかけでした。
ちょっと……いや、だいぶ古ぼけた印象のその写真には、耳がやたらと大きく目もでかい、オマケに眉毛もあって、鼻は三角、ちょっと素っ頓狂な表情をした、クマのようなサルのような、茶色くてモサモサっとした不思議な動物が写っていました。「なるほど、ロシアっぽい。このもやっと古ぼけた感じがロシアっぽい。っていうか耳でかいなぁ。なんなんだろうこいつ? 得体が知れないけど、でもなんかかわいいなぁ」そんな印象でした。記事をよく読むと、サルでもクマでもなく、どうもどこかの熱帯のジャングルからやってきた謎の動物らしい、やたらと倒れるので「ばったりたおれ屋さん」という意味の「チェブラーシカ」という名前がついている、……そんな事が書かれていました。
これはとにかく気になる。映画が公開されたらさっそく観に行ってみよう! と、その時は思っていました。で、あっという間に数カ月経ち、突然思い出しました。「はっ! しまった。そういえば、あの映画を観に行こうと思ってたんだ!」。気づいた時にはすでに遅く、公開はすっかり終わってしまっていました。しょうがないのでDVDを買い、存在を知ってから半年以上も経ってからようやく、動いているチェブラーシカの姿を見ることができたのでした。
ロシア製アニメのかわいさにビックリ
当時、私は「ロシア製のアニメ」というのは見たことがなかったので、いろんな意味で軽いカルチャーショックでした。
明るくポップな中にも、なんとはなしに漂う、ちょっと切なくもの悲しい雰囲気。期待していた謎の動物チェブラーシカだけでなく、出てくる登場人物がどれもかわいらしく、動きもとても絶妙なのです。特にチェブのけなげな動きと、わにのゲーナの目の動きは最高です。舞台背景の建物やちょっとした小物も、形といい色遣いといい、とてもオシャレ。想像以上にポップな色遣とデザインで、なんだ、ロシアのアニメってこんなにかわいいの!? と、とてもビックリしたのを覚えています。失礼ながら、ロシア文化に対してもっとダークで気むずかしいイメージを持っていたので。
でも、そうは言ってもやっぱり端々にロシア的な雰囲気を感じさせます。とても陽気な場面なのに、流れている音楽はなんとなく哀愁が漂っていたり、お話の中にさりげなく軍人さんらしき人が出てきたり。キャラクター自体はすごくカワイイのだけれど、ジャングルから来たという設定のせいなのか、「なんかそれ大丈夫?」っていうくらいにチェブが薄汚れていたり、あぁそんなところがなんとも新鮮だなぁなんて、勝手に“ロシアっぽい”色眼鏡で見ていました。
このときは「30年以上も前に作られたとは思えないほど、新鮮でかわいくて、きっと子ども向けに作られたんだろうけど、絶対に日本の大人、特にOLさんとか好きそうな映画だなぁ」という印象でした。まぁ私も一応OLさんでしたけど。
で、その後予想通り? チェブは瞬く間に「オシャレめなキャラクター」として日本のOLさんたちの間で広がっていくのでした。
キャラクターとしての「チェブラーシカ」の魅力
私は今も昔も出版社に勤める編集者なのですが、最初にチェブを知った当時はビジネス書などを担当していて、キャラクターや映画などには無縁の仕事をしておりました。
ところが、チェブラーシカの映画が公開されたちょうど一年後ぐらいに、どうしても本にしてみたい作品を見つけてしまい、その作品というのがたまたまちょっとキャラクター寄りだったのです。で、会社も私も、このジャンルの経験なんか全くないのに、その時の私はナゼだかものすごくがんばって会社の反対を説得して(普段はそんなにがんばる方じゃないのですが)、出版にこぎつけました。そしたら案外評判がよくて、以降、いつの間にかキャラクターや絵本を中心に担当する編集者になっておりました。また、3年ほど前からは色々なキャラクターやイラスト作品を紹介する『BONte』というちょっと大判のキャラクターブックを季刊で発行し、その中で新たなキャラクター的書籍・絵本を育成・発掘する、というようなお仕事もしております。ちなみに、最初に無理矢理出版したその本は『ちびギャラ』というタイトルで、5年経った今ではシリーズ累計で150万部にもなるベストセラーになってしまいました。……がんばってみるもんですね。
そんなわけで、今でこそ、キャラクター関連な仕事をしておりますが、私がチェブを初めて見たときの印象は、まったくの素人目線でのものでした。まぁ今の私が玄人かと言われると、それはかなり怪しいもんですが。それでも昔よりは多少キャラクターに近いところでお仕事するようになり、良くも悪くも多少の知識は増えたように思います。
で、今回この原稿を書かせていただくにあたって、そんな今の目線で見た、チェブラーシカの魅力ってなんなんだろう? 何か違って見えるものなのかなぁ? と、改めて考えてみました。
が、残念。考えてみた結果、私の目線はあくまでも一般人目線のままのようです。さっき、育成とか発掘とか偉そうな単語を書いてしまいましたが、あれも、ぶっちゃけ、まず編集側の私達がおもしろいと感じられるか否かを最大のポイントとして作っていますので、あまりプロっぽい論理とかはないんですよね。私が携わっている「キャラクター書籍」というのは、読者層の8割が20~30代の女性です。だから「自分たちと同じ世代の人たちがおもしろい、欲しい、と思ってくれるかどうか」がまず大事だろう、ということで、論理よりも感覚で作っているところが大きいもので……。
じゃあその感覚で、なぜチェブラーシカが今ではすっかり定番キャラとして日本に定着しているのか分析を、ともう一度考えてみたところ……なんででしょうね? ん? とりあえず、私のかなり個人的な統計によれば、グッズを買っている人の半分ぐらいは、映画自体を見たことがないらしく、とするとグッズが定番化している要因としては、単純にキャラの見た目の魅力という部分が、かなり大きそうです。
A案「耳がすごくでかいから?」……どんなに単純化しても絶対そうとわかる形って、キャラとして強いらしいんです。あんなでかい耳のキャラはそうはいませんよ。ミッキーさん以外……。
B案「目がでかいから?」……目がでかいのは、大抵かわいく見えますよね。チェブは上目遣いがまたかわいいし。
C案「なんかモコモコしてるから?」……キャラクターそのままがぬいぐるみで、かわいらしく見えるし。……よ、弱いですか?
D案「なんだかわかんないから」……あ、多分これかなぁ。キャラクターって何かナゾな部分が残っている方が気になるというか興味持っちゃいませんか? このクマともサルともナマケモノとも違う、ナゾの生き物が妙にかわいらしいってとこがいいのかも。私もこのわからなさ加減で気になって好きなった口だし。
……あぁ、すみません。結局、結論が出ませんでした。
長く愛されるキャラクターの要素って……
そんな、あまり論理的でない私ですが、せっかく原稿を頼まれたのだから、なんかもうちょっとそれらしい事を言わねばと必死で考えてみました。で、ひとつ思いついたのが、キャラクターの奥深さです。
キャラクタービジネスというジャンルでは、ざっくり言うと「グッズの為に作られたキャラクター」と「原作ありきのキャラクター」というものがあり、一般的には、何十年も長く愛されるキャラクターは、ほとんどが原作ありきのキャラクターだと言われています。なぜ原作ありきかと言えば、それはやはりストーリーだったり、キャラクターの設定だったり、原作の制作背景だったり……といった、全体の深みが違うからだと思うのです。
その点、チェブの場合は掘り下げれば掘り下げるほど興味が増すというか、キャラクターへの親しみが増す、懐の深さがあると思います。
私の場合で考えますと、まずは一枚の写真で「見た目のかわいさ」から興味を持ち、次に映画で「しゃべりや動きのかわいさ、個性的なサブキャラや風景、音楽、全体の雰囲気」を見てさらに好きになりました。で、ここからさらに色々見ていくと「ロマン・カチャーノフが監督でレオニード・シュワルツマンが美術監督、おまけにあのユーリー・ノルシュテインまで参加していたらしい!」というところまでわかってくる(ま、私は最初にチェブラーシカを見た当時、前述の3人とも全然知りませんでしたけど)。そんな、「好きになって調べだしたらグングン新たな発見ができる」というのは、息が長いキャラクターとしてはとても大事な要素なんではないかなぁと、個人的には思っております。
と、ここまでチェブの魅力についていろいろ考えてはみたけれど、やっぱりその良さをわかってもらうには、映画はゼヒ見てもらいたいなぁと思います。なんせ、あの独特の味わいは、映像そのものを見てもらわないと、十二分には伝えられないと思うので。私自身、編集の仕事をしていながら、紙上でそのよさを伝えきれないのは大変力不足ではあるとは思うのですが、やっぱり、百聞は一見にしかずなのです……。
そんなチェブラーシカが、今度また劇場公開されるということなので、今度こそ、今度こそ、私も映画館で見てきたいと思っています。公開日さえ忘れなければ……。
鈴木知枝(すずき・ちえ)
一九七二年生まれ。神奈川県出身。キャラクターブック『BONte』編集長。新卒でごま書房に入社。ゴマブックスへ転籍となった後に、『ちびギャラ』(ボンボヤージュ著)『カピパラさん』(TRY WORKS著)を世に送り出す。続刊とともに『BONte』創刊、現職に。