2000年08月


08月01日(火)
朝、橋田さんが出社すると、アトリエ室長の篠原女史から「昨日最後に帰ったの誰?」と質問された。以前その場を取り繕った嘘で、すっかり篠原女史の信用を失っている橋田さん。昨夜の状況を必死に思い出しながら、「最後は西方さんだったと思うのですが」と答えたが、すかさず篠原女史は「2F右奥の部屋よ。クーラーつけっぱなしだったわよ。」
「そ、そ、それ最後に出たの私です。」
またしても篠原女史の信頼を失った橋田さん、彼に美術館の運営責任者が勤まるのだろうか?


08月02日(水)
今日もムゼオのスタッフは外出が多い。
吾朗さんと三好さんは美術館の収蔵品になるロシアのアニメーションフィルムの件で外出。
北島さんは連日現場事務所に建築の施工図のチェックに行っている。
盛田さんと橋田さんは日本橋にある三○不動産で打ち合わせ。三○不動産には建物管理のコンサルティングをお願いしている。ジブリ美術館の建物は、普通の建物よりずっと管理の手間がかかることは明らか。上がり続ける管理コストに、盛田さんの眉間の縦皺は深くなるばかり。


08月03日(木)
カフェのエツ子さんがイタリアでの夏休みから帰国。さっそくイタリアで買い込んできたキッチン用品をたくさん抱えてやってきた。中でもかえるの皮むき器が笑えるが、単に面白いから買ったのか、実用のため買ったのかわからないところがエツ子さんのすごいところだ。

美術館で展示する作品の盗難防止用具の優れものを橋田さんが見つけてきた。橋田さん久しぶりの手柄?しかし、名誉回復への道は険しい。


08月04日(金)
エツ子さん置いていったイタリア土産を囲んで、ひとしきり盛り上がる。美術館のショップにも素敵なお土産を揃えたいものだ。


08月05日(土)
普段から土曜日は会社全体がなんとなくお休み気分なのだが、夏休みの季節だということもあって、お休み気分に拍車がかかる。
こういう時に張り切るのが盛田さん。なにしろ、電話も少ないし、社外での打合せもないので、じっくりと社内の打合せができるからだ。今日も充実感溢れる顔で打合せをしている。


08月07日(月)
今日も午後から吾朗さんと北島さんは現場事務所。懸案となっている建築デザイン図面を次々と修正していく。ここまで急ピッチに作業を進めるのは、遅れた作業をお盆までに取り戻すために必死だからだが、吾朗さんの場合、9日から国外脱出するのでなおさららしい。その証拠に図面を鹿島に渡し終えた吾朗さんは、晴れ晴れとした表情で、はるか遠くを見ていた。


08月08日(火)
ショップ用紙袋や包装紙、テープなどのデザイン打合せを終えた小葉松さんが、一仕事終えた充実感と放心状態が同居した顔で事務所に帰ってきた。宮崎監督へのプレゼンがうまくいったそうだ。その勢いで小葉松さんは「今日の仕事は終わり」と、空模様がドンヨリし始めたのをいいことに、明るく無責任な宣言。しかし1時間後には「なんでこんなに忙しいの」と言いながら、なかなか終わらないデザイン作業に励んでいた。


08月09日(水)
宍戸さんがカフェ用の包装紙サンプルをどっさり持って出社。
昨日一日探し回ったカフェのイメージに合うような包装紙を、今日エツ子さんに送るためだ。しかし、サンプルを見ていた橋田さんが突然「このVWビートルの包装紙だけはカフェに合わない」と難癖をつけ始める。もっともらしい言い分を並べるのだが、ビートルを愛車にしている橋田さんは、単にそれを自分のものにしたかったらしい。そんな姑息なやり方にあきれた小葉松さんは「ボコボコな橋田さんの車は、この絵と違うんじゃない?」とぴしゃり。橋田さんは運転テクニックまで暴露されてしまった。


08月10日(木)
午前中○○来社。ネコバス等の構造について打ちあわせ。
今日から橋田さん、小葉松さんが休暇に入る。吾朗さんも昨日から休暇に入っており、住人が減った二馬力は幾分涼しくなった気がする。


08月11日(金)
午後はお客様ラッシュ。休みに入った古葉松さんが娘さんを連れ、盛田さんもお客様を案内して社内を見学。3スタには、作画、美術、仕上スタッフが一箇所で作業をしているので、良い見学場所となっているのだ。展示試作機、巨大回転盤を前に三好さんの説明にも熱が入る。通常の倍の人数が3スタに集まり賑やかな一時。


08月17日(木)
3日間のお盆休みが明け、出社するもスタッフの半数以上が続けて夏期休暇に入っているため、部屋は閑散としている。日誌を書くため、二馬力にいる西方さんに今日の出来事を聞くも「何もない。」と冷たい一言。確かに電話も少なく、淡々と仕事をして一日が終わってしまった。他のみんなが出社するのは来週から。明日も明後日も淡々とした一日となることは間違いなし。


08月21日(月)
夏休み明けの出勤日は、みんななんとなく気分がのらない様子。
いつもは後ろに束ねている髪をおろし、パーマをかけてきた安西さんやぼっちゃんヘアーの橋田さん。心機一転のつもりなのだろうがどこかしっくりこない。
「ああ、今日から現実が始まる」と思わず叫んでいた人もいたし、「今日は小さなミスが多い」と冷静沈着な西方さんもA4の文を間違ってA3にコピーしてしまい、せっせと切っている。
極めつけは、逃亡先から無事帰国し、真っ黒に日焼けした顔で夕方ひょっこり現れた吾朗さん。時差ぼけの為「ねむぃー」を連発。蒸し暑くどんよりとした空模様の中、ボリボリ体をかき、しきりに皮をむいている吾朗さんの姿が今日の一日を象徴していた。


08月22日(火)
開館まであと1年近くに迫り、将来の人数が増えることを見越して、二馬力内に間借りしていたムゼオの事務所を移転する事になった。場所は、武蔵境駅前の某ビル。
事務所の広さ、眺望、駅からの距離、食事や買い物の利便性など今の事務所よりはるかに優れているのだが、なぜかみんな気が進まなさそうだ。引越しが面倒というのもあるが、それだけではないらしい。
緑の木々に囲まれ、鳥の鳴き声を聞き、都内にいることを忘れさせるような静かな環境。篠原さんお手製のプロはだしの料理と豊富な食べ物。一度このような「恩恵」にあやかるとどの事務所も見劣りしてしまう。まるで南国の魅力にとりつかれてしまった人の気分。
「都会から遠い」「食べる店が少ない」なんてぶつぶつ言っていた橋田さんなどは、「ここを離れたくない」を連発。人間なんてつくづく勝手なものだと思う。


08月23日(水)
北海道の小葉松さんの実家から、二馬力においしそうな大玉のメロンがたくさん届く。
こんな時は必ずといっていいほど、誰から聞いた訳でもないのに第3スタジオで働いている石光さんが現れる。
この日も昼食後のメロン登場の時、最近めったに二馬力でご飯を食べない石光さんがいたのだ。そういえば昨日「第3スタジオへのメロンの配分が1個だと石光さんが悲しがるかな」との話に、小葉松さんが「大丈夫。きっと2ヶ所で食べる事になるから」と言っていたが、鋭い。
まったく彼女は期待を裏切らない女性なのです。


08月24日(木)
三鷹の建築現場では吾朗さん、北島さんを中心に、遅れていた設計・デザインの調整作業が急ピッチで進んでいる。
形状やデザイン、素材など細部にわたり「いいものを作ろう」とこだわりをもっている為、なかなか納得いくものまでにこぎつけられない様子。それに呼応して、防犯機器類の設置場所・取り付け方法やその清掃方法も、普通のやり方ではできないケースが多々出てきている。
そこで午後から、盛田さんたちも加わってセキュリティ計画と清掃関係の打合わせを行なうことに。盛田さんの進行で次々と討議が進み、おおかた方向性が見えてきた。
会議の途中で差し入れられた1リットル入りペットボトルのミルクティが、気がついたらほとんど空っぽ。
ミルクティを目の前に座っていた盛田さんががぶ飲みしたからなのは明らかだが、会議が思い通りに進んだからなのか、はたまたしやべりっぱなしで喉が渇いたからなのか定かでない。最後にちょっとだけ余らせているところが盛田さんらしい。


08月25日(金)
朝から橋田さんが来月14日に迫った引越しに向けて、運送業者や什器業者との打ち合わせのために事務所と現場を往復している。
ここ数日吾朗さんは忙しい合間をぬって、新事務所のレイアウトや購入する予定の棚や机やパーテーションを選んでいるのだが、30分も経つと必ず「あーメンドクセー」と叫ぶ。
美術館の設計と比べれば事務所のレイアウトなど簡単にできそうなものだが、意外と苦戦している。
結局、什器業者にラフデザインを示して図面を含めた提案をしてもらうことになった。
あえなく玉砕の吾朗さん、難しい美術館の設計で右脳が疲れているのか、はたまたつまらない普通の事務所のレイアウトは気乗りがしないのか、いや、誰かがいっいてた「時差ぼけじゃない?」というのが真実かもしれない。


08月28日(月)
朝から二馬力の1階(ムゼオの事務所は2階)で、子供のような甲高い声が聞え、「ああ、これから1週間が始まるな」と皆の気が引き締まる。声の主は展示・デザインの責任者安西香月さん。大声揃いのムゼオの中でも特に声が大きいことで一目置かれている。
類まれなる好奇心から生まれる博学かつ聡明さで、随所に「こだわり」を発揮。
今日は、新事務所のために購入予定の電気製品に関して「冷蔵庫は○下。洗濯機は○立。」などと自説を展開。
自分の意見をもたない引越し担当の橋田さんは、「香月ちゃんは元電気メーカーに務めていて詳しいから」と弁解しつつ、いわれるがままにその機種を購入するつもりだ。この光景を見た他のスタッフはムゼオの格言をまた思い出したらしい。

「声の大きい人が勝つ」


08月29日(火)
三好さんが車に乗って「はじめてのおつかい」に出かけることに。
といってものたった1駅分(武蔵小金井まで)だが。しかし緊張していたのかシートベルトをしないで走りだし、ベルトを締め直して快走かと思いきや、今度は初心者マークが外れて目の前を飛んでいってしまったそうだ。
おまけに目的地が分からず、気が付いた先方が駆けつけてくれて助かったとのこと。ようやく用事をすませ、安心したのか帰り道を間違え、東小金井を過ぎて武蔵境まで行ってしまった。
無事に帰れたのは奇跡かもしれない。


08月30日(水)
鳥や木などをモチーフにした第3スタジオ(通称3スタ)正面の壁の絵がいよいよ完成に近づく。
それに併せて3スタ前にある電信柱に描いたカエルも、草と同じ薄い緑色が塗られ、宮崎監督によって油性ペンで目が入れられる。電信柱の横にある柳の木がカエルを覆い被さるように枝を伸ばしているため、なかなかよい雰囲気が出ている。


08月31日(木)
盛田さん、橋田さん、西方さんは今日も三鷹市役所へ打ち合わせに出かける。

開館まであと1年近くとなり、財団設立や交通対策ほか様々な懸案事項の決定を急がなくてはならない。市役所内の会議室はさすがに行政府らしく、重厚で威厳がある。
そこに私服姿(ムゼオの社員はほとんど私服で出勤)の3人が入るとどこか違和感がある。特に盛田さんは、前の会社を辞めた時にスーツをすべて捨ててしまったらしく、どこへいくのもラフなかっこう。夏などはアロハも多い。
それに影響されたか、橋田さんも最近何かに目覚めたようにオレンジやピンクなど派手なかっこうになり、アロハシャツも着るように。しかしお世辞にも似合うとはいえず、おまけに性格がよこしまなのを絡めて「ヨコシマブラザーズ」とムゼオスタッフから命名されている。本人は全く意に介してないみたいだが。

今日も3人はラフなかっこうでタフな会議をこなしていく。