西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.02 挿絵に恋して
2012.06.12
小学校の頃、わりと読書が好きな方でした。学校の図書館もあったのですが、通っていた学習塾の本棚に世界の文学全集みたいなものがあって、新刊が入るたびに借りて読んでいたことを覚えています。たぶん岩波や講談社のシリーズだったと思います。今から40年位前は、現代と違って各社から文学全集シリーズが出ていたのですが、それだけ子供が多くて需要があったとか、"教育ママ"(すっかり死語ですね...)という言葉が象徴するように子供に勉強させることが流行っていた時代だったからなのかなあと思います。
その頃出会った本のなかに、「日向が丘の少女」というノルウェーの作家、ビョルンソンが書いた作品がありました。確か、フィヨルドの斜面の家に住む主人公が、夕方になるとキラキラ光る反対側の斜面の家がずっと気になっていて、ある日思い切って訪ねていくと、そこには美少女が住んでおり、運命の出会いをするところから始まる話だったと思います。さて、今回どうしてそんな話をするかというと、その小説に描かれていた挿絵の少女がすっかり僕を魅了したからなのです。
当時、小学生でしたからマンガもアニメも大好きでたくさん見ていたのですが、「日向が丘の少女」のヒロイン、シンネーベが僕に与えたインパクトはそれらと全然違っていました。その挿絵の美少女は、色もついてなかったし、もちろん、しゃべりも動きもしないのですが、自分には本当に魅力的で、物語を読み進めるにつれ、頭の中では、ヒロインのシンネーベがあたかも映像をみているかのように動き回っていたのです。借りた本でしたから、数日後には返却することになったのですが、その後もずっと気になってしまい、結局は本屋に行って、なけなしのお小遣いで購入してしまいました。本屋から、胸に本を抱いてドキドキしながらうちへ帰ったことを覚えていますが、そんな彼女に対する思いは、本当に恋だったかもしれません。
そんな体験をした自分ですから、宮崎監督が今回、「挿絵」の展示を企画していると聞いたときに、ピンときたように思いました。あくまでも勝手な想像ですが、宮崎監督が「借りぐらしのアリエッティ」の制作時に「○巻の○ページのアリエッティのイラストがいい」と語っていることからも想像するに、監督も本の中の挿絵の少女に恋した経験があるんじゃないかと。一枚の挿絵をみながらあれやこれや妄想した少年だったんじゃないかと。
そんな力を持った挿絵を、現代のような映像が巷にあふれている時代の子供に見せたらどうなるのか、いや本当のことをいうと、自分と同じように挿絵の持つパワーに気づいて妄想の楽しさを知って欲しいと願っているのではないかと、勝手に推測しているのです。
一枚のモノクロで描かれた線画からあれこれ想像してみる、実は結構楽しいし、妄想力を鍛える訓練にもなります。今回の展示の中にも、恋するに値するような美女もたくさん展示されています(?)。あなたも、ジブリ美術館に来て一枚のお気に入りを見つけ、あれこれ妄想してみてはいかがですか?