西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.19 ウィリアム・モリス【参】 アーツ・アンド・クラフツ運動


 最近、日本の工業製品の世界的な競争力が落ちているのではないかという指摘が頻繁になされるようになりました。機能が独自に進化したことによる"ガラパゴス化"もその一因といわれますが、もうひとつ指摘されているのが、デザインの欠如です。日本の工業製品は何より機能が第一で、まず必要な機能を実現するためのパーツを組み合わせて、それを納める筐体がデザインされています。色も、大量に売れることを想定した、無難な白やシルバーといった誰からも嫌われない存在を主張しない色がほとんどです。家電しかり、自動車や食器などもその傾向にあります。ただ、最近では、ユニークなカラーとデザインの家電が発表されたり、鮮やかなカラーをテーマカラーにした自動車なども発表されて、少しずつ、見直しが始まっているようにも思えます。また、特注の職人の手作りの工芸品が人気を集めたり、古い家具のレストアがはやったり、古い明治時代の建物をリフォームしてクラシックなホテルに改装したり、大量生産や機能ばかりを追求した商品よりも"手作り"の温もりを持った商品に目を向ける風潮もあるようです。そういえば、JR東京駅もつい先日、レンガ作りの開業当時の姿に復元されましたね。

 この大量生産による画一的な工業製品を否定して、職人や工芸家による手作りの商品に価値を見出そうという運動が、"アーツ・アンド・クラフツ運動"です。そのウィリアム・モリスが多大な影響を受けたのが、当時の思想家であり有力美術評論家であったジョン・ラスキンという人です。中世の「芸術家と職人の区別がなく創作活動と労働が一致していて、人々が日々の労働に喜びを感じていた時代」を理想とし、中世ゴシック時代を理想として考えていたとか。「当時の物は正しくつくられ、物への心からの愛着があった」と述べています。その考え方に共感したモリスは"ウィリアム・モリス商会"を設立し工芸品の販売を始めるのですが、こうして作られた工芸品は、価格もそれなりに高価なものとなり、広く大衆一般に普及したとはいえませんでした。手作りと価格のジレンマは残された課題になるのですが、その考え方は"ドイツ工作連盟"に引き継がれ、機能的なデザインと美しさの両立を目指したモダンデザインへの流れを作ることになるのです。

 簡単に述べてしまいましたが、モダンデザインの誕生とクラフトマンシップの歴史はこんな単純なものでありません。興味を持った人は専門書を読んでいただきたいのですが、ただその発端となったのが、今から150年前の英国にあって、ウィリアム・モリスの"アーツ・アンド・クラフツ運動"が大きな役割を果たしたことを記憶の隅に留めておいてもらいたいのです。この精神は、現代にも十分に引き継がれており、極論すれば、ジブリ美術館の根底に流れる思想にも大きな影響を与えているからです。だから、"挿絵展"の展示室にウィリアム・モリスの壁紙が使われたのは、実に象徴的な出来事といえるかもしれません。

s121009a.jpg「Willam Morris(1834-1896)」 s121009b.jpg「John Ruskin(1819-1900)」