西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.22 イワン・ビリービン【弐】 ジャポニスムと浮世絵


 イワン・ビリービンの作風を語る上ではずせないのが、活躍した20世紀初頭はジャポニスムと浮世絵の与えた影響です。19世紀の半ば、1862年のロンドン博、1867年のパリ博というふたつの万国博覧会で、日本の文化は少しずつ西欧諸国のひとたちの目に触れ、人気を集めるのですが、それはエキゾチズムの色合いが強く、西洋的でないものを奇異の目でながめていたに過ぎませんてした。ただ、明治政府としてはじめて正式に参加した1872年のウィーン博では、会場内に日本庭園や神社、五重塔、神楽殿、石灯籠、アーチ橋までつくってしまう大掛かりなもので、西洋人に多大なるインパクトを与えました。また、浮世絵や漆器などの工芸品、着物、屏風なども展示され、絶大なる人気を得たのだそうです。この日本文化の影響を受け、美術や音楽などの芸術にそれを取り込もうという動きがジャポニスムといわれるものです。日本の工芸品に見られる草木などの身近なものを装飾に取り入れた繊細なパターンなどは、以前取り上げたアーツ&クラフツ運動にも影響を与えているといわれます。

 特に、浮世絵が印象派の芸術家たちに与えた影響は、想像を超えるものでした。エドガー・ドガやエドゥアール・マネは構図や色彩に影響を受けたといわれていますし、中でもフィンセント・ファン・ゴッホは熱心な浮世絵の収集家として知られ、500点ものコレクションを持っていたそうです。

 実は、ビリービンも例外ではありませんでした。絵画と違って表現に版画の手法を採用する以上、対象物の線を整理して、面の単純化、均質化することは不可欠の要素となります。浮世絵は、それを大胆な構図や色彩で実現しているのですから、大いに参考としたことでしょう。この話題を取り上げるとき、必ず顕著な例として紹介されるのが、葛飾北斎の"神奈川沖浪裏"です。ドビュッシーの交響詩"海"のスコアが1909年にデュラン社から出版された際、表紙にはこの浮世絵が印刷されたことは有名ですが、このように、浮世絵の西洋の芸術家たちに与えた影響は計り知れません。
s121030a.jpg「"神奈川沖浪裏"」

 明らかにこの絵の影響を受けているのが、オペラ"サルタン王の物語"(プーシキン作、リムスキー・コルサコフ作曲)の書籍化にあたって描かれた次の作品です。
s121030b.jpg""「ビリービン"サルタン王の物語より"」
 挿絵としては、王妃となった娘が彼女の子供である王子とともに樽に入れられて海へ流されている場面なのですが、驚くほど波の表現や構図に北斎の影響が見られます。またこの水の表現は、すでにアニメーション的といっても良いのではないでしょうか。そういえば、宮崎監督も「崖の上のポニョ」の波の表現を考えている時、まっさきに北斎の浮世絵を参考にしようと考えたと聞いています。