西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.31 一枚の挿絵から【六】 今年の干支にちなんで
2013.01.02
みなさん、新年明けまして、おめでとうございます。
今年もこの連載はしばらく続きます。全50回を予定していますので、あと20回ほどお付き合いください。昨年の更新ではドラゴン(=辰)で締めくくったのですが、今年はやはり干支にちなんで、ヘビ(=巳)で始めてみたいと思います。
西洋におけるヘビのイメージは、聖書においてアダムとイヴをそそのかして禁断のリンゴを食べさせたことに由来するのか、邪悪なもの、人をそそのかすもの、執念深いものなどのネガティブなものが多いように思います。反対に東洋では、白ヘビが神の使いだったり、化身だったりするように、信仰や崇拝の対象となっていることの方が多いかも知れません。これは、全くドラゴンと竜の関係にオーバーラップし、これらの空想の生物がヘビに由来するのですから、当然のことと思われます。
ただ、空想の生物と違い、ヘビは現存するので、そのフォルムにほとんど違いはないはずです。ところが次の絵を見てください。
「ヘンリー・J・フォード"The Three Brothers", The Yellow Fairy Bookより」
ヘンリー・J・フォードが描いたこのヘビには角が生えています。現在のところ、世界中探しても未だ角の生えたヘビは見つかっていません。東洋にはヘビが数百年生きるとやがて角が生えて、手足を持ち、竜になるという伝説があるのですが、西洋にはないはずです。フォードは世界中の童話の挿絵を書くにつれ、いつの間にかそのような知識を得て、化け物のヘビに角を生やしたくなったのかもしれないと考えることもできると思います。
心理学的には、ヘビは男性の生殖器の象徴と捉えられます。だから、セクシャルなイメージの絵を描く場合、美女と大蛇をからませることは、洋の東西を問わず行なわれてきました。フォージの挿絵にもいくつも、そのような作品があります。
「ヘンリー・J・フォード"The Story of three Wonderful Beggars", The Violet Fairy Bookより」
「ヘンリー・J・フォード"The Enchanted Snake", The Green Fairy Bookより」
これらの絵に対して監督も、「何とも色っぽい絵です」「妖艶な絵です」とキャプションをつけています。いずれも、子どものための挿絵にしては随分セクシーなものに見えますよね。このような官能性は、見るものを惹きつける絵を描く上では欠かせません。なんとなくいつまでも眺めていたくなりませんか?
「ヘンリー・J・フォード"The Story of Bensurdatu", The Grey Fairy Bookより」
さて、こちらの挿絵は、この企画展を代表する作品です。7つの首を持つヘビと戦う勇者が描かれています。宮崎監督はこの絵を見て、「7つの頭をもつ大蛇は"首のつけ根"が描いてあり、いたく感心しました」と述べていますが、確かに全身のフォルムをごまかさずに描いているところに、フォードの職人魂と西洋人の物事の白黒をはっきりさせる一面を感じられて、興味深い挿絵だといえるでしょう。
「ヘンリー・J・フォード"The Enchanted Ring", The Green Fairy Bookより」
こちらも、同じような7つの頭をもつヘビですが、もっとしっかりと描いてあります。双頭のヘビというのは、昔から時々見かけられていたようなのですが、7つ頭はさすがに想像の生物でしかありえません。そういえば、ギリシア神話に登場するメドゥーサは、髪の毛がヘビになっている怪物で、たくさんのヘビが鎌首をもたげてこちらに向かってくる恐怖のイメージでは、7つの頭をもつヘビもメドゥーサも同じかもしれません。西洋の人たちには、たくさんのヘビに襲われる恐怖のイメージが、共通の認識として記憶の奥底にあるに違いありません。日本にもヤマタノオロチ(八岐大蛇)という化け物が神話に登場しますが、これは、河川の氾濫の象徴と解釈される説が有名で、人の力ではどうにもならない自然の猛威の象徴とみなされています。同じような化け物とはいえ、表現するものが全く違うのも面白いところです。