西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.27 ヴィクトリアン・クリスマス


 今回は、挿絵展から少し離ますが、11月27日から始まっている今年のジブリ美術館のクリスマス装飾についてお話したいと思います。今年のクリスマス装飾のテーマは、「挿絵が僕らにくれたもの展」にちなんで、英国、ヴィクトリア朝時代のクリスマスなのですから。

 現代で行なわれているクリスマス・パーティの原型は、ヴィクトリア朝時代のイギリスで生まれました。ヴィクトリア女王は子沢山で9人の子どもがおり、また大変家庭的な人であったことから、夫といっしょにクリスマスを家族水入らずで祝おうとしたのだそうです。夫のアルバートがザクセン(現在のドイツ)出身であったため祖国の風習であった樅の木のクリスマスツリーを室内に飾り、その周りにキャンドルを立て、家族でプレゼント交換を行なうという現代のクリスマス・パーティの始まりでした。この様子は写真で伝えられ、当時生まれていた裕福な市民層の間に、瞬く間に広まったのでした。

 そこに飾られたクリスマスツリーには、電気は家庭にまで普及していなかったので、当然点滅するランプなどはなく、かなり質素なものだったようです。ただ、ドイツで飾られていたツリーは松ぼっくりやトウモロコシ、果物や焼き菓子などが飾られていたのに対し、産業革命で大量で安価な工業製品が生まれていた時代なので、工業製品としての飾り物やオーナメントのような型物やレースやリボンのようなテキスタイル製品が次々と登場し、どんどん現代のツリー飾りに近づいていきました。リンゴの代わりにクリスマスボールと呼ばれる赤いボール飾りが生まれたのものこの頃です。現代のツリーでは、ツリーの頂点にはベツレヘムの星を象徴した星型の飾りがつけられるのですが、イギリスではクリスマス・エンジェルと呼ばれた陶器の天使を飾っていたそうです(館内にも陶器製ではありませんがクリスマス・エンジェルを飾ったツリーが一箇所だけですが飾られています。さて、見つけられるでしょうか!?)。

 それまで、教会の礼拝で過ごすのが当たり前であったクリスマスに、家族パーティで祝うという習慣が生まれたことが、最大の変化なのかもしれません。友人や家族と、きれいにラッピングされたプレゼントを交換したり、多色刷りで印刷された美しいクリスマスカードを購入して送り合う習慣は、近代の消費社会ならではでしょう。そんなクリスマスをテーマにした今年の美術館の装飾は、いたるところにクリスマスカードが飾られています。これらの絵柄は当時のイラストを再現したものですので、一枚一枚探しながら見比べてみるのもオススメです。
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 さてクリスマスの主役といえば、赤い服を着て8頭立てのトナカイのソリに乗って、世界の子どもたちにおもちゃを配って廻る白ひげのおじいさん、サンタさんの存在が欠かせません。このサンタクロースが、当時ポピュラーだったのかという問題ですが、調べたところ、サンタの原型は19世紀前半にクレメント・ムーア」(米、1779-1863)という神学者が書いた「聖ニコラスの来訪」(A Visit from St. Nicholas)という詩が元になっているようです。その姿についてもトーマス・ナスト(米、1840-1902)という風刺漫画家によるイラストがはじまりのようなのです。確かに、ヴィクトリア朝時代の話なのですが、両者ともとも米国で発表されたものなので、イギリスで広く知られていたのかはわかりません。という理由から、今回の美術館の装飾には、サンタクロースの姿がないのです。

 ところで、美術館の2階南側のギャラリーでは、「もっと知ろう、沙漠の魔王展」も始まっています。こちらは、この連載でも何度も取り上げている絵物語「沙漠の魔王」について、登場するキャラクターや世界観をわかりやすく図解で解説した展示です。この展示を見れば、「沙漠の魔王」がもっともっと好きになること間違いなしの展示となっています。秋田書店の担当の方にも「作品をこんなに愛してくださってありがとうございます」とお礼の言葉を頂いた、展示担当者の力作です。一度、こちらもご覧いただければと思います。
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