西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.40 夏目漱石と装丁【下】 「猫」にまつわる三人の挿絵画家


 前回に引き続き、漱石の『猫』についてのお話です。前回、『吾輩ハ猫デアル』には三人の洋画家、橋口五葉(1881-1921)、中村不折(1866-1943)、浅井忠(1856-1907)がかかわっていることを述べました。三人に共通するのは、日本画からはじめて後に洋画家へ転身を果たしていることです。つまり、どちらの絵の素養も持ち合わせている画家たちなのです。装丁まで手がけている橋口五葉が、日本におけるアールヌーボーの先駆者として書籍の装丁家として活躍する一方で、浮世絵研究家としても名を馳せ、数多くの美人画を残していることを忘れてはなりません。そもそも、日本におけるアールヌーボーとは、英国ヴィクトリア朝時代のアーツアンドクラフト運動に端を発し、それがフランスに渡り発展。当時、ヨーロッパを席捲していた浮世絵に端を発したジャポニスムの流れを取り込みながら、数多く渡仏していた日本の新進気鋭の画家たちによって日本に逆輸入されたものなのです。その先端を走っていた五葉の作品にはヨーロッパの香りが充ちあふれていました。

s130306a.jpg「画:橋口五葉」
これは、橋口五葉が下巻の中表紙用に描いた『猫』の挿絵です。
s130306b.jpg「ヘンリー・J・フォード"The Cat and the Mouse in Partnership", The Yellow Fairy Bookより」
そして、こちらがヘンリー・J・フォードによって描かれた、ラング童話集に登場する「猫」です。
体型や目つきなど、驚くほど、タッチが似ているとは思いませんか。ちなみに、中村不折や浅井忠が描いた猫と比べてみると、その違いは明らかです。

s130306c.jpg「画:中村不折」s130306d.jpg「画:浅井忠」

五葉に比べると、シュールさや迫力ではかなわないものの、軽妙洒脱さでは上をいってるのではないでしょうか。一見、日本的に見えますが、ふたりともフランス留学の経験があり、ヨーロッパに吹く風を日本に持ち込んだ気鋭の画家たちです。当時としては大変モダンな画風の持ち主です。中村不折は、『幻影の盾』などの初期の作品の挿絵も担当しましたし、書の才能にも長けていたので、その分野でも活躍しました。現在でも使われている"新宿中村屋"の屋号は、中村不折の手によるものです。また、浅井忠は、51歳の若さでこの世を去りましたが、後の漱石の作品「三四郎」に登場する画伯のモデルとなった人物だといわれています。