西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.47 忘れられない挿絵たち【四】 フォードの力量をうかがい知る絵
2013.04.23
この連載も残すところあと4回となりました。というものの、企画展の会場にはまだまだ紹介したい絵が一杯です。今回も、その中から何点かご紹介したいと思います。
「画:ヘンリー・J・フォード"Heart of Ice", The Green Fairy Bookより」
妖精が赤ん坊が入ったゆりかごを持ち出そうとしている場面の絵です。いかがでしょうか、いかにも重さを感じさせる籠を抱えているポーズが見事に描かれています。腕の角度とか頭の下げ方などが絶妙なバランスで描かれていて、本当に上手な絵だと思います。宮崎監督も、"妖精の紙や服が風をはらみ浮き上がっている軽さに対して、ゆりかごが重い感じや大切にされている感じが出ていて、好きな絵です。"と述べています。まるで動き出すようで、その秘密を知りたくて何度も見返してしまう、忘れられない一枚です。
「画:ヘンリー・J・フォード"Geirlug The King's Daughter", The Olive Fairy Bookより」
"幼い王女をさらおうとした竜に、王さまは杖で一撃を食らわせた。竜はあまりの痛みに、くわえていた隣の国でさらった王子を、落として逃げていった"という場面の一枚です。読者は、最初に一番下の赤ん坊と王妃を見て、次に目線を上げると剣を振るう王さまに目が行き、最後に一番上の赤ん坊を落とすドラゴンを見ることになります。この視線移動で、一枚の画ながら、時間経過とストーリーを感じることができる、まるで絵巻物語のような効果をあげている優れた一枚です。読者の視線を誘導してしまう見事な構図がゆえで、フォードの力量に思わずうならされます。
「画:ヘンリー・J・フォード"The yellow dwarf", The Blue Fairy Bookより」
これは、描かれている物量がすごいです。頭が人で身体がライオンであるスフィンクスと、ドラゴンのおびただしい数の死体(!)。そして、向かってくるのは24人の美しい妖精たちです。この"黄色いこびと"というお話は、良い日本語訳がなくて、物語の全貌をなかなかうかがい知ることができません。荒唐無稽なストーリーとヤケクソで描かれた様な挿絵が、とても気になる一枚となりました。ペン画のようなスケッチ風のタッチで描かれた妖精たちですが、拡大するとひとりひとりの表情が結構細かく書かれていることに気付きます。フォードの素晴らしい画力ゆえです。
「画:ヘンリー・J・フォード"The Snow-queen", The Pink Fairy Bookより」
こちらは、アンデルセンの"雪の女王"から、ヒロインのゲルダが山賊の娘のもとから旅立つシーンの一枚です。"雪の女王"は何度も映像化されているので、"山賊の娘"というと、もっとワイルドな"もののけ姫"のような容姿を想像してしまいがちです。ただ、英語の"robber girl"というのは、"泥棒の娘"という意味で、別に"山にいる賊の娘"という意味ではありません。氷の中や雪の中に住んでいても良いわけで、日本語で"山賊"としてしまったために生じるイメージとのギャップなのでしょう。そして、フォードは挿絵に描くために、本当にラップランドの資料を見たのでしょうか。私たちのイメージとはちょっと違った、まるでインディアンのような、極地に住む娘のイメージをイラスト化しています。毛皮を一切身にまとっていないのは、ちょっとありえない気もしますが、それゆえに心に引っかかる一枚です。とはいえ、娘の立ち姿の堂々としていること、見事だと思います。
今回は、個人的にどうしても取り上げておきたい4点を選んで、ご紹介しました。次回からは、またちょっと違う話題を取り上げたいと思います。