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佐藤嗣麻子さん

佐藤嗣麻子さん

宮崎アニメを空気のように呼吸していた世代

 この原稿を書くにあたって、3月にジブリ美術館ライブラリーシリーズで公開される予定の「ルパン三世1st.TVシリーズ」から、第11話「7番目の橋が落ちるとき」第14話「エメラルドの秘密」第19話「どっちが勝つか三代目!」の三本をDVDで拝見させていただきました。

 第11話「7番目~」と第19話「どっちが~」は実写映画的な手法で描かれていて、第14話「エメラルド~」はその二つに比べると、よりアニメ的な手法で描かれていたのが印象的でした。脚本家の違いでテイストが異なるのかと、調べてみたところ「7番目~」と「エメラルド~」は宮田雪さんという方、「どっちが~」は小山俊一郎さんという方でした。ということで、脚本家の違いではなく、演出家の違いなのかもしれないと思い、何話を誰が演出したのかジブリに問い合わせてみたところ、この作品は高畑勲・宮崎駿両監督の共同作業との答えでした。このとき高畑監督は36歳、宮崎監督は31歳のまだ無名の演出家とアニメーターだったそうです。

 先に進む前に少し自己紹介をさせてください。『熱風』の読者の皆さんは、私のことをご存じ無いでしょうから。私は今年2009年のお正月映画として公開された「K?20怪人二十面相・伝」で監督・脚本をやらせていただいている佐藤嗣麻子という者です。映画の他にもテレビドラマ「アンフェア」や稲垣吾郎さん主演の「金田一耕助シリーズ」の脚本、同じくテレビドラマの「YASHA」「動物のお医者さん」「南くんの恋人」、ゲームの「鬼武者」「バイオハザード・コードベロニカ」などの演出をしています。日英合作映画「ヴァージニア」(原題TALE OF A VAMPIRE)でデビューした時は27歳。1964年生まれで現在44歳です。

 俗に言う「宮崎アニメ」に最初に触れたのは10歳の頃。「アルプスの少女ハイジ」(74年)だったと思います(これは宮崎さんはレイアウト。演出は高畑勲監督ですね。宮崎アニメと言っていいかどうか)。その後「未来少年コナン」(78年・14歳)「カリオストロの城」(79年・15歳)「風の谷のナウシカ」と「名探偵ホームズ」(84年・20歳)などを見て育ちました。「カリオストロの城」は多分、劇場では見ていないので、「ナウシカ」と同時期にVHSで見たのだと思います。

 何故このような自己紹介を書いているかというと、つまり私は「宮崎アニメ」を当たり前に、空気のように呼吸して育ったということを(同世代の方はもちろんおわかりでしょうが)同世代ではない方にもお知らせしておきたかったからなのです。

やっと見ることができた“ルパンがいっぱい”

 さて、今回の「ルパン三世1st.TVシリーズ」が放映されていた1971年、私は7歳ということになりますが、残念ながらこのシリーズは見ていませんでした。「オトナのアニメ」とうたわれていたので見せて貰えなかったでは? と推測します。今の時代から思うと、19時30分からの放送番組で「オトナのアニメ」というのは時間帯的に不思議ですよね。11PMのような11時台ぐらいのアニメという先入観がありました。

 私が「ルパン三世」を知ったのは、もっとずっと後。赤いジャケットになってからなので、2nd.かパート3のTVシリーズなのだと思います。峰不二子の声も増山江威子さんでした。今回「1st.TVシリーズ」を見て初めて知ったのですが、「1st.TVシリーズ」の峰不二子の声は二階堂有希子さんで、増山江威子さんではないのですね。第14話「エメラルド~」では、増山さんが伝説のエメラルド「ナイルの瞳」の持ち主であるキャサリン・マーチン役をやっているのですが、思わず峰不二子が盗みの為に変装している姿かと誤解してしまいました。

 今回初めて第11話「七番目の橋が落ちるとき」を見た時、これを作っている方々は、実写の技法をアニメーションに積極的に取り入れているのだと思いました。カット割りやカメラアングルが実写映画の技法だったからです。現在のアニメではあまりやらないような手法を使っていました。ロングショットやフルショットで普通に歩きながら会話するような所や、ワルサーP38を撃つ前後にスローモーションになる所のカット割りと曲の使い方などです。

 第14話「エメラルドの秘密」の方は、現在のジブリアニメに近い感じがしました。モーターハングライダーでルパンが不二子と逃げる所などは、正にジブリという感じです。カットやシーンの飛ばし方も現在のアニメに通じるところがあって、この手法が発展していって、今のアニメになったんだなと思えます。こちらは、歩きながらの会話は極端に少なくなっていますが、その分、ダンスシーンではアニメ特有のとても人間にはできない動きなどを見せていて、楽しく、素敵だなと思いました。

 第19話「どっちが勝つか三代目!」では、伝説の“ルパンがいっぱい”のシーンを見ることができてとても嬉しかったです。「K-20怪人二十面相・伝」の脚本打ち合わせをしている時に、「ルパン三世」の中で色々な人がルパンになって出てくる“ルパンがいっぱい”とでも言うべきシーンがあると聞いていたのですが、見たことが無かったのです。やっと見ることができました。もしこれを実写で再現した場合、できないことは無いとは思うのですが、役者の動きの計画とモーションコントロールカメラを使った、合成が大変そうなシーンになると思います。もしかしたら、顔だけすげ替える作業になるかもしれません。これもそういう意味で、アニメーションならではの表現で、本当に見ていて楽しかったです。

 偶然ですが、「7番目~」の現金輸送車を車ごと奪うシーンは「K-20」でも主人公を乗せた囚人護送車を強奪するときにやろうかと思った手段だったので、思わず笑ってしまいました。そのアイディアは、プロデューサーに却下されてしまったので、フィルム上には残っていませんが……。

 私よりも前の世代の漫画家やアニメーターの方々は、実写の映画監督になりたかった方が多かったという話を聞いたことがあります。そして、面白いことに現在の30代40代の映画監督は、実は漫画家になりたかった人が多い様に思うんです。かくいう私も小学六年生までは、漫画家を目指していた人間ですが、岩井俊二監督や矢口史靖監督、石井克人監督などはどうして漫画家にならなかったのだろうという程絵が上手い監督です。多分、もっと若い世代には、実はアニメーターになりたかったという監督もいるんじゃないかと思っているんですが、残念ながらまだ出会っていません。

 現在、日本のエンターテイメントで海外に輸出できるものは、ゲームと漫画とアニメーションで、特に「宮崎アニメ」と「押井守アニメ」は海外の実写映画に大きな影響を与えているように思います。代表的なのは、ピクサーの映画とウォシャウスキー兄弟だと思うのですが、いかがでしょうか?

 当たり前といえば、当たり前なのですが、こういうメディアを越えた影響の循環というのは、とても面白いと思います。映画にあこがれて、漫画やアニメを作っていた世代があって、その世代が作った漫画やアニメに影響されて実写映画を撮る世代がいる。そうしてぐるぐると循環していって、境界が解らなくなっていく……。

 フランスの作家モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンから発想を得て、江戸川乱歩が怪人二十面相を作りだし、モンキー・パンチ氏は、ルパン三世を生み出しました。同じ親を持つ子供という事になりますね。「ルパン三世」や「明智小五郎」を映像化した作品の中にはオリジナルアイディアの他にも「スパイ大作戦」「007シリーズ」「ピンクパンサー」etc…の要素がごちゃごちゃと入っているようにも見えますし、元々の「ルパン三世」が大人のシリアス路線だったとすると、高畑・宮崎両監督が参加した後の「ルパン三世」というのは、より江戸川乱歩の少年探偵団シリーズに近い、良い意味での「荒唐無稽」を楽しむ物になっているようにも見えます。

「K-20怪人二十面相・伝」も泥棒、スパイ物、冒険活劇の定番と定石と「荒唐無稽」で作られた作品です。そのことがあってか、他のハリウッドヒーロー映画へのオマージュがあるのでは? と尋ねられることもあるのですが、実際のところ、意識している作品はたった二つしかありません。一つは「ローマの休日」。もう一つは「ルパン三世 カリオストロの城」です。「ローマの休日」からは、身分違いの恋と別れ、一般人の中で生活するお姫様というシチュエーション。「カリオストロの城」からは、警察のコミカルな動きと、逃げた花嫁、屋根の上を飛び回る泥棒、別れ際に抱きしめることができないというシチュエーションを。それから、ハリウッド映画がジャパニメーションの動きを取り入れているように、「宮崎アニメ」のアクションの動きを取り入れることができるか?という試みを意識してやっています。結果、形や時間がデフォルメされない(しにくい)CGや実際の人間では難しい部分が多く、断念しています。

「7番目~」と「どっちが~」では、実写技法をアニメに積極的に取り入れているように見えると書きましたが、38年後の今では、その立場が逆転して、実写の世界に積極的にアニメの技法を取り入れる時代になっているのが、面白いと思いました。

「ルパン三世 カリオストロの城」が無ければ、「K-20怪人二十面相・伝」もあのような形で存在していなかったと思います。その「カリオストロの城」の原点である「ルパン三世1st.TVシリーズ」に、今回、このような形で出会えることができて光栄に思います。ありがとうございました。
(映画監督・脚本家 さとう・しまこ)

佐藤嗣麻子(さとう・しまこ)

一九六四年生まれ。一九八七年、ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールへ留学後、脚本・監督を務めた日英合作映画「ヴァージニア」(92)で東京国際ファンタスティック映画祭「アボリアッツ賞」を受賞。また、一九九五年の監督作「エコエコアザラク」が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で批評家賞(南俊子賞)を獲得したほか、二〇〇〇年、ゲーム「鬼武者」のオープニングMOVIEでは、シーグラフの“Best of show”を日本人として初受賞。最新監督作品は「K-20 怪人二十面相・伝」。おもな脚本作品に「YASHA」(00/ANB)、「横溝正史・金田一耕助」シリーズ(04│/CX)、「恋におちたら~僕の成功の秘密~」(05/CX)「アンフェア」シリーズ(06/KTV)、「アンフェア the movie」(07)などがある。