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いつ創られたものなのか、どういう意図をもって創られたものなのか、そんなことをあれこれ考えることが勿体ないと思えるものに出会うことがたまにある。このアニメーションはまさにそれで、見終わった今、私はこのまま何も考えずに眠ってしまいたい。この作品に今出会えて良かったと思うし、高畑勲監督が、私が生まれるずっと前にこの作品を観て、感動したということ、この作品がずっと頭の片隅にあって、自分の創作をつづけてこられたことを尊敬するし、また、そんな大切なものを私に見せたいと思ってくださったことをとても光栄だと思う。
何かを深読みして、理由づけして、あれこれいじくりまわし解説するのは、私の悪い癖だと思うし、良いなと思ったものにはなるべくそんなことはしたくない。作者は言葉に出来ないから作品にしたのだろうし、私がそれをいちいち言葉にしてしまうのは、愚かなことだと思うが、そんなことを言っていてもらちが明かないので、野暮だとは思うが、思いつくままに感想を書きたいと思う。
一番強く感じたのは恐怖だ。でもハッキリと何が怖いんだか解らない。そのことが更に怖い。よくよく考えてみると、王様のキャラクターが怖い。この王様は悪いのか、悪くないのか、ハッキリしていない所が怖かった。人によって感じ方は違うだろうが、私は、あの王様を憎めなかった。あの王様の何が悪いのか解らなかった。そういうことが怖かった。悪い王様を絵で描く時に、ああいう愛嬌のある、デザインにするものだろうか。もっと憎々しい表情の、恐ろしいキャラクターで描いてくれていれば私の心は安定し、安心して観られたかもしれない。しかしあの王様はとてもとぼけた表情をして、滑稽で、親しみやすい。それに比べて、羊飼いの娘と煙突掃除の青年は、無表情でつまらない。作者の意図は解らないが、この映画の中で明らかにタッチが違って見えるのは、まさに王と鳥である。子供が見て、一番魅力的で人気になりそうなのは、明らかに王様だと思う。悪者が最初から悪魔のような見た目をしてくれていれば、問題は簡単である。そんな奴信じなければ良い。そいつと対立すれば良い。しかし現実はそれほど解りやすくない。愛嬌があって、滑稽で、親しみやすいキャラクターが、人気者となり、カリスマになった時に、一気にこの世界を滅茶苦茶にしてしまうことがあるからこそ恐ろしい。どこかの国の首相のことを言っているわけではないのだが、この映画が実にタイムリーで、リアリティを感じるのはその辺のことが理由だろう。
そして、更に恐ろしいのは、この王様が途中でいとも簡単に消えてしまうことだ。あの王様が何処へ消えたのか、映画が終わってもわからないままである。変わって主役の座に座るのは、絵の中の王様。本物の王様の影。いわゆる現し身だ。物語の後半、この世界はこの現し身によって翻弄される。また、逃げる側の羊飼いの娘と煙突掃除の青年も、絵の中から飛び出した現し身である。本来そのモデルとなった本物は、この世界の何処かに存在するはずなのだが、それは結局出てこない。
この現し身と現し身の対立によって、現実の人々、つまり王様の家来や、地下に住む国民達が作り上げた世界が崩壊してしまう。一番恐ろしいのは、これがファンタジーの中だけに起こることではないということだ。現実の世界でも同じなのではないかと思わされることだ。
我々の信じる正義とは、あるいは悪とはハッキリとコレと指摘出来るものだろうか。決してそうではない。それは考えれば考える程何と漠然としていることか。この世界に悪があるとして、この人が悪の張本人ですと名指し出来る人物などいるだろうか。私は100%の悪、完全なる悪の人物など存在しないと思う。どんな独裁者であろうとも愛すべき側面がない人物などいないだろう。同じように完全なる善も存在しないと思う。この世界に存在する誰もが未熟であり、憎むべき側面を持っていると思う。
しかし人々が戦争を行う時、人はそのイメージの中で完全な悪と、完全な善を創りあげているのではないか。そのイメージが無ければ大量に人を殺すことなど出来ないのではないか。イメージとイメージの対立で戦争が起きる。つまり、我々の住むこの現実の世界も、現し身と現し身の対立によって崩壊するのだ。
この映画は現実と変わらない。だからこそ恐ろしいと感じる。更に恐ろしいのは、この作品こそが、現実の世界の現し身そのものであるということだ。我々はこの作品を見た時に、絵の中の自分が動き出すのを見た時の王と同じ恐怖を感じているのだ。
太田 光
おおた・ひかり1965年、埼玉県生まれ。お笑いタレント、漫才師。日本大学芸術学部中退後の1988年、田中裕二と「爆笑問題」結成し、同年「笑いの殿堂」でテレビデビュー。現在は妻・太田光代が手がける芸能プロダクション「タイタン」に所属し、テレビ番組、ラジオ番組のレギュラーを多数抱え、定期的にライブも行っている。2006年、芸術選奨文部科学大臣賞放送部門賞受賞。オムニバス映画『バカヤロー!4』(森田芳光プロデュース)のうち一本を監督。エッセイストとしての側面も持ち雑誌での連載のほか、『三三七拍子』『天下御免の向こう見ず』(以上、幻冬舎)、『カラス』(小学館)など著書も多数ある。
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