Main Contents
映画監督“宮崎駿”にとっての運命の作品
宮崎監督が、この作品を見てアニメーションのもつ表現媒体としての可能性を見出し、その後の創作活動の志としたというのは有名なエピソードです。
アニメーターを志望したきっかけの作品が『白蛇伝』(1958・東映)だとしたら、アニメーターとしてやっていく自信と目標を見出した作品がこの『雪の女王』だといえるでしょう。
当時、自分の与えられた仕事に失望感を味わうばかりだった若き日の宮崎監督が、この作品と出会い、アニメーションのもつ無限の可能性と素晴らしさ、全編を貫く志の高さに感銘を受けたのはまさに運命的な出来事でした。『雪の女王』との出会いがなかったら、その後の宮崎駿はなかったかもしれません。
主人公ゲルダの心情を丁寧に描きながらカメラはずっと彼女を追いかけていく。旅先では、不思議で魅力的なキャラクターが次々と登場し彼女に救いの手を差し伸べる。
そしてラストでは、巨大な敵と正面から対峙するが、少女の愛と一途な想いがそれを打ち破る。宮崎駿の出発点がここにあるといっても過言ではないでしょう。
アンデルセン原作の「雪の女王」の決定版
アンデルセンはデンマークを代表する童話作家であり、今なお数々の傑作が世界中から愛され続けています。
ジブリ美術館ライブラリーに収録されている『王と鳥』や今回同時上映される『鉛の兵隊』もそうですし、「人魚姫」や「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」など代表作の枚挙にいとまがありません。
中でも、この『雪の女王』は、これまでに幾度となく映像化されてきたアンデルセンの中でも稀有な作品です。2002年制作のブリジット・フォンダが女王を演じた実写版もあれば、2年前に放映されたNHKのテレビシリーズもあり、最近では韓流ドラマの題材としても取り上げられているようです。
主人公の少女がさらわれた男の子を助けるために、旅に出ていろいろな出会いをするという、ロードムービー的ストーリーが映像化の試みをさせる所以なのかも知れません。
その中でも、今回ご紹介する『雪の女王』は、1957年に制作されたロシアアニメーションの傑作です。
当時のソビエト政府の庇護のもと商業主義とは無縁の体制で制作されたこの作品は、無駄なエピソードをそぎ落として主人公の少女ゲルダにのみスポットを当てた骨太なストーリー構成で、随所に窺えるアニミズムの思想や自然に対する畏敬の念など、ロシアならではの解釈が投影されていることも特筆されるでしょう。
50年前の作品なのに、今なお、少しも輝きを失うことはないのです。
伝説の作品から神話へ
カイが連れ去られる雪の女王の国は、“喜びや苦痛を味わうこともない平安と寒さの世界”、つまり死の国の象徴です。
見方を変えるとこの作品は、生命力の塊である少女ゲルダが靴も何も脱ぎ捨てて、死の国から大好きなカイを連れ戻すというお話なのです。
雪の女王が支配する死の世界から無事カイを取り戻すのは、熱い想い、生命の力が死に打ち勝つ奇跡の瞬間です。
宮崎監督は、『雪の女王』が生命の根源的なテーマを内包していることを、一瞬で嗅ぎ取りました。だから、心打たれ、今なお大好きな作品だと公言してはばからないのです。
監督のアタマーノフをはじめとするロシア版のスタッフは、映像化にあたって、『雪の女王』の原作から、賛美歌や天使、主の祈りといった宗教的なアイテムを徹底的に廃しました。
結果、話は普遍的になり生命と想いの力強さが浮き彫りにされ、ついには神話的ともいえる高みに到達したのです。
神話とは国家や一神教(ここではキリスト教)が出現する以前の、アニミズムに深く根ざした、世界の成り立ち、生命の誕生を解き明かし、人が生きて行くための知恵を説く哲学だという学説がありますが、熱き想いを貫くことで、死にも打ち勝ち、幸福を手に入れるという『雪の女王』が描いたものは、まさに神話的と呼んでも差し支えないでしょう。
50年の月日を経てよみがえるロシアオリジナル新訳版
『雪の女王』は発表の翌々年にあたる1959年、アメリカで英語版が作られ、それをベースにした日本語吹替版も作られました。
実はこれまでテレビの放映やビデオ発売された『雪の女王』はほとんどがこの日本語吹替版であり、オリジナルのロシア語版の上映は、近年になっての映画祭等での特別上映に限られていました。
つまり、ロシア語オリジナル版での鑑賞の機会はこれまでほとんどなく、興行としては今回が劇場初公開となります。
ロシア語版はこれまで公開されてきたものとは音楽や効果音が違い、作曲家A.アイヴァジャンの手がけたチャイコフスキーやラフマニノフを髣髴とさせる重厚でロマンティックなスコアが再現されたことによりドラマ性が強調され、新鮮な感動を巻き起こします。
さらに、今回の劇場公開に向けて、ロシア語通訳・翻訳の第一人者の児島宏子さんが自ら全面的に翻訳を見直し、新訳版として初公開されるのも嬉しい話題でしょう。